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福島地方裁判所平支部 昭和26年(わ)105号 判決

本籍 朝鮮慶尚北道慶山郡安心面内谷洞百三拾四番地

住居 福島県磐城市字松の中十三番地

岡本自転車店方

無職 徐万甲

一九一〇年六月二十八日生

右の者に対する騒擾、建造物侵入被告事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

出席検察官高橋嘉門。

主文

被告人を懲役二月に処する。

未決勾留日数中右刑期に満つるまでの日数を右本刑に算入する。

理由

本件公訴事実の要旨は、

『≪被告人鈴木光雄の分に同じにつき省略≫

右騒擾に際し、被告人は、故なく同警察署に侵入し、同日午後六時頃より同十一時頃までの間、同警察署事務室及留置場附近に居つて右群衆に参加附和随行したものである。』

というのである。

よつて先ず本件騒擾罪の成否について検討する。

第一、事件の梗概≪被告人鈴木光雄の分に同じにつき省略≫

第二、本件は謀議計画に基いたものか≪同右省略≫

第三、平市警察署の不法占拠について≪同右省略≫

第四、法律判断≪同右省略≫

(被告人の行動)

よつて、被告人の騒擾の点は、既に理由のないこと明らかであるが、次に、被告人がこれに関与したりとせられる行動についてみると、

証人篠谷清重、同新妻二郎の各証言、董時活の検察官に対する昭和二十四年八月四日附供述調書並びに被告人の検察官に対する各供述調書を綜合すれば、被告人が前示六月三十日午後平市警察署前に到り同日夕刻同署内に立ち入り、同日午後八時過頃まで同署事務室及び留置場附近に留つていたことは認め得るけれども、被告人が前示暴行、脅迫を共にし或は支援する趣旨で右の行為に出たものであること、その他右暴行、脅迫に関与したものであることはこれを認めるに足る証拠がないから結局いずれの点よりみるも騒擾の罪についてはその証明がないものといわなければならない。

次に、建造物侵入の点については、前示のとおり被告人が同日夕刻同署内に立ち入つたことは明らかである、そしてその立入の事情について被告人の検察官に対する昭和二十四年七月六日附供述調書によれば、被告人は、私は署の正門前で見ていると中から三十位の男と四十位の男が二人出て来て入口玄関のところで私達表にいる群衆に皆さん雨が降つているから中に入つてくれといわれた、私は新しい警察をこんなときでも見ておこうと思い大勢の人に一緒に内部に入つて行き、右手受付台の上に腰かけた旨及び当日私は警察に行く何の要件もなかつたが騒ぎが面白くて入つて行つたのである旨供述しており、これによれば被告人は群衆により同署内が混雑せるに乗じこれに紛れて立ち入つたものと認められ他に特段の事情も認められないので被告人においてはその立入が管理者たる署長の意思に反することを認識していたものと認められる。

弁護人らは官公署に正常な用務を帯びて出入することは一般的に推定的同意が認められるところであり、警察署の不当な措置をなじり、その責任を追及するため署内に立ち入ることは正常な用務を帯びて立ち入るに外ならないのであつて、それが大勢で立ち入つたからといつて違法であるとはいえない旨主張する。そして警察署側の措置に不当の点のあつたことは前段判示のとおりであり、これに対し大衆行動により抗議をなすこと自体は固より自由であり、これを以て直ちに違法視することのできないことは明かであつてその目的用務において正常でないということはできないこと勿論である。そして一般に官公署の建物内に正常な目的用務を帯びて立ち入ることが違法でないとせられるのは、かかる場合には建物看守者の同意が推定されるとせられるところにあることも所論のとおりである。然しながら建物看守者がその建物に立入られることにより一般公務の執行に支障を及ぼす虞がある等諸般の情勢判断に基き、その看守する建物への立入りを制限することも亦それが違法不当でないと認められる限り当然許さるべきものであつて、かかる看守者の明示の制限がなされた場合は勿論然らざる場合においても、その具体的状況から社会通念上立ち入ることが看守者の意思に反し許されないものと考えられる場合においては、最早や所謂推定的同意を認める余地がないのであつて、かかる場合に立ち入ることは、たとえ正常な用務を帯びている場合であつても違法な侵入行為に該るものといわなければならない。これをその意思に反しても、なお立ち入り行為が正当であると認められる所謂正当な理由ある場合、例えば法令の規定に基き捜索のため立ち入る如き場合と同様に論ずることはできないのである。本件においては前判示の如く被告人ら多数の群衆が大挙して平市警察署に押かけたため、情勢不穏なるを察した同署長が代表者以外の者の立ち入りを禁じたものであり、判示の如き事態に徴すれば、かかる措置を違法不当であるとなし得ないこと明かである。又判示の如くその後同署内が混乱せる状況に立ち至つたことに鑑みれば、かかる事態のもとに立ち入る行為について同意が推定されるものとは認め難いので、いずれの点より見ても、推定的同意を認める余地がないものというべきである。然るに被告人は前認定の如くその立ち入が許されていないことを認識しながら立ち入つたものであり、而も右に述べた正当な理由ある場合に該らないことは前判示事実に照らし明かであるから、その目的用務の正常なると否とに拘らず建造物侵入の罪を構成するものと解するのが相当である。

以上認定の事実によれば被告人の罪となるべき事実は次のとおりである。

(罪となるべき事実)

被告人は昭和二十四年六月三十日午後、平市警察署前に到り同署が前記掲示板撤去問題の交渉のため押し寄せた群衆により混雑している状況に乗じ同日夕刻頃、故なく同署に侵入したものである。

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法第百三十条罰金等臨時措置法第二条、第三条に該当するので所定刑中懲役刑を選択しその刑期範囲内において被告人を懲役二月に処すべく、但し、刑法第二十一条により未決勾留日数は右刑期に満つるまでこれを右刑に算入することとし訴訟費用については刑事訴訟法第百八十一条第一項但書を適用して全部これを負担せしめないものとする。

なお、本件公訴事実中騒擾の点は無罪であるけれども右建造物の侵入の所為と一罪の関係にあるものとして起訴せられたものと認められるので特に主文において無罪の言渡しをしない。

よつて、主文のとおり判決する。

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